大阪市役所へ申し入れ:避難権利を求めて迫真の訴え

【10/19 大阪市役所への申し入れ&その他の報告】
 昨日は金曜日。朝から毎週やっている大阪市役所前の座り込みの日でした。

【大阪市こども青少年局・子育て支援部と話し合い(9:45~10:30)】
 避難の権利ネットは8人+こども2人の参加。子育て支援部からは5人が出席しました。

 要求は、母子避難が圧倒的に多い避難者世帯への、保育所の入所枠や保育料の減免(もちろん、罹災証明書の有無にかかわらず、です)を求めました。そして現行制度で、今すぐにできることはないのか?と訊きました。

最初に感想を一言
 少しは市役所に届いたかな?避難者の迫真の訴えが市役所を動かすかな?と感じさせる請願でした。私も涙を抑えられませんでした。

まずは保育所入所について
 Mさんは、大阪府が実施する『ジョブ・フェニックス(下註)』で来年度に就職先を確保できそうですが、条件は保育所を確保すること。生活再建には、保育所入所が不可欠です。避難元の郡山市は移住者の『広域保育入所』を認めており、その手続きを進めていますが・・・・・。

 大阪市の説明は、

・ 「制度上、優先入所の扱いとなる人について、優先入所はあり得る。」 ・ 「優先入所の扱いとなる条件は、就労状況、復旧状況による。」・ 「一般的に、(余儀なくされた原因で)父母が離れている場合も、優先入所のケースとしてある。」 

 という内容でした。

 ただし具体的な入所者の決定は、区役所の保険福祉センター長の権限によるので、市役所ではどうするか判らないそうです。

 『災害救助法』による保育所入所の枠はないのか?とも訊きました。 

 大阪市の返答は、

・ 「大阪市では『別枠』はとっていないが、状況の合わせて柔軟に対応する。」

 そして、今日聞いた内容は区役所にも伝える、と約束してくれました。

 ただしこれらは、震災の「被災地住民」を対象にした話。自力避難者への適用は、今のままではありません

(ジョブ・フェニックス: 府が人材派遣会社に委託して、職業訓練を兼ねて仕事を提供する事業。賃金は府が補償)


次は保育料の減免です
 Mさんは一時保育を週2~3回利用しています。そしてその費用は非課税世帯と同じ扱いで、昼食費300円だけで済んでいます。しかしこれは抽選で、しかも週3回まで。いつ当たるか判りません。

 また、恒常的に保育所に入れるとなると、郡山市の算定では月7万円で、仕事しても給料の大半が保育費に消えてしまいます。これでは仕事に出る意味がありません。 

 これに対する大阪市の説明は、一時保育の非課税世帯あつかいは、被災地からの避難者への減免制度であり(罹災証明書が必要)、『自力避難者』には適用されません

 また、恒常的な保育所入所の場合の保育料は、原発事故からの母子避難で両親が別居状態であっても、支援対象にはなリません。父親がいる場合には、母子避難でも両親の収入が合算されて保育料が計算される、という制度です。


迫真の訴え
 これに対して、Mさんと避難・移住・帰還の権利ネットワークの代表Yさんが、自分の体験を含めて訴えました。迫真の訴えでした。

(Yさん)  原発被害は新しいタイプの被害。父親が避難先に、子どもに会いに来るにも数万円かかる。

 夫や両親、義理の両親など周りに理解してもらえなくても、必死に子供を守るために避難している母親がたくさんいる。

 母子避難者が多いが、二重生活には思った以上お金がかかるし、本来子供のために貯めておきベきお金を父親が子供に会いにくる費用にあてている。震災以降、貯金を切り崩して避難生活を続けていたが、避難している母親も働かないと避難生活は続けられない。

 今回の震災は前例がなく、母子避難者は母子家庭でも単身赴任の家庭でもないので、今までの制度にのっとるのではなく、私たちの現状を踏まえた上で柔軟に対応して欲しい。

(Mさん) 1年半ずっと耐えてきた。やっと『広域入所』にたどりついた。でも最初は仕事もなく保育所には入れなかった。子どもたちと自分だけで孤立していると、こどもを激しく怒ってしまうことも。母子避難者が虐待してしまうと、母親どおしの話で聞くが、明日は我が身という気持ち。これでは、いったい何のために子どもを連れて避難したのか、判らない。

(Yさん)  避難している母親は自分がやれることは全部やっているが、避難することを理解してもらえず、生活費を送ってもらえなかったり、減らされたりと、母親が働かないと生活できないという話もよく聞く。こどもを守るために1人でぎりぎりの判断をして避難してきたのに、こどもに手を挙げてしまう。母親の負担が大きすぎる。

 必死になっている母親にも今回の保育所のようなどうしようも出来ないことがある。母親の子供を守りたいという気持ちを支援して欲しい。


 この訴えには、私たちも大阪市の職員も涙ぐみながら聞き入っていました。

 最後に、要請書に対する市の回答の起源を求めましたが、なるべく早く、とだけ言って具体的な期日は言いませんでした。

 一方、9/11のに危機管理室に届けた大阪市宛て要請書の回答は10月末(もうそろそろ)です。どんな内容になるか?